第96回「DVDとEMS台頭にみる物作り王国変貌」

 技術立国日本を長らく象徴する存在だったVTRが、来年にはビデオ販売の首座をDVDに明け渡す見込みだ。単純に「VTRの次はDVDがあるさ」と言えるのなら技術的優位は全体として変化なしだが、DVDの場合はVTR開発後続いた「独占状態」を再現することはない。米国からアジアで急速に生産力を発揮してきたEMS(エレクトロニック・マニュファクチャリング・サービス)、日本語にしたら「電子機器製造請負業」と呼ぶべき新しい外注生産形態のメーカーが楽々と手がけられる製品である。このふたつの台頭劇が結びつく新世紀、我々の「物作り王国」がどう動くのか考えたい。

◆DVDとVTRとの首座交替と高精度技術の行方

 日本映像ソフト協会の「ビデオソフト売上速報」によると、1月から10月まででVTRカセット販売数が2729万本に対して、DVDビデオは2189万本。VTRが前年比86%と落ちているのに、DVDは同348%と爆発的に伸びている。

 DVDは「デジタル多用途ディスク」の略称であり、ソニーのゲーム機プレイステーション2に再生機能が付いたことで普及へ突破口が開けた。この秋に解散したビデオディスク協会が残した「DVDビデオ周辺技術講座」で技術解説が読める。

 VTRについては、私の連載コラムから第12回「VTR・技術立国の栄光その後」を参照していただきたい。世界需要を一国で賄った栄光、ベータとVHSの方式争いの激しさ、AV機器としての話題の多さも遠い過去になった。 

 現在は国内家庭普及率8割と、どの家庭でも置いている平凡な機械になったが、千分の1ミリ、1ミクロンの精度を家庭に持ち込んだ最初の製品だった。普通のカセットテープと違い、テープは高速回転する磁気ドラムとの間に空気を巻き込むことで、接触せずに20ミクロンほど浮き上がっている。

 こうした精度の差が画質にはシビアに効いた。VTRには海外で生産しきれない高度な基幹部品があり、国内から半製品として供給する時期が長く続いた。これに対してレーザー光線ピックアップを使うDVDは、回転系の制御さえしっかりすれば大きな問題はない。既に氾濫し始めている。

 VTRに代わって現在、家庭用高精度機器を代表するのはハードディスクである。もうパソコン専用から脱して「家庭用ハードディスクビデオレコーダー」にも発展している。容量30GBで標準モード10時間録画だ。

 連載第77回「ハードディスクを変えた起業家魂」で紹介しているように、この磁気ヘッドもディスク面から浮上していて、その距離はVTRテープ浮上量の千分の1、数十ナノメートルと驚異的に小さくなっている。大学時代の友人で、この方面の専門家によると、現在の容量数十GBで終わってしまうものではなく、さらに精細化して、ごく近い将来に家庭用でも200GBクラスの登場が予測されている。

 そんな高精度大容量ハードディスクを、何の不思議もなく、というより何の感慨もなく使う時代が、この世紀末、世紀初めである。

◆予想を超えて塗り変わる分業地図

 10月、ソニーが米国のEMS最大手ソレクトロンに宮城と台湾にある2事業所を譲渡したニュースは、国内での物作りの今後が大きく変わることを予感させた。

 発注メーカーが自社開発した設計図を渡す外注と違い、EMSは製品の開発から全て請け負う。何とも手軽な外注形態。日系二世が創業したソレクトロンはノートパソコンのOEM納入を出発点に始めて、かなり高度な製品まで、複数の企業からの注文を効率的にこなすことで急成長している。

 ソニーのプレスリリースから、戦略的意義を引用しよう。「ソレクトロンにとって、今回の協力合意は」「世界のエレクトロニクス産業にとって重要な日本並びに台湾おいて、強力にフルサービスを提供する体制を整える上で、役立つ」。「全世界のエレクトロニクス機器の1/3は、日本で生産されており」「これに加え、ソレクトロンが、ハイエンド・コンスーマー・エレクトロニクス機器分野にビジネスを拡大する第一歩です」

 EMSでは台湾勢も力をつけてきた。さくら総研の「V.台湾の中小企業と中小企業政策」は1998年段階でこう描いている。

 「台湾のコンピュータ・同周辺産業の成長は著しい。台湾の『電脳大国』化はOEM(相手先ブランドによる生産)からODM(自社設計の相手先ブランドによる生産)生産、ODM生産から自主製品開発という形で成長してきた。現在、台湾はOEM供給を含むパソコン本体で世界全体の約40%、マザーボード、モニターは50%以上のシェアを占める」

 ソレクトロンは台湾のエイサーとも昨年秋に提携した。それを伝えている『週刊台湾通信』にはほかにも、台湾勢がDVDピックアップの量産化に初成功など、ビビッドな動きが読める。

 実は、次代の生産拠点として台湾以上に熱い視線を集めているのは、中国本土である。日本債券信用銀行のレポート「アジアにおける中小企業集積地域−華南地区・台湾エレクトロニクス企業に見る事例研究−」が生々しい。
 台湾から1万社が進出している広東省、「エレクトロニクス関連企業が集積する華南地区」での事例が語られている。「1.5時間あれば、PC部品の大半を当地で調達することができる」。携帯電話大手「ノキアでは、既に全世界での生産量に対して約10%の生産を当地にシフトしていますが、更に今年度も前年度の倍増を計画している」。

 パソコン関連の川上から川下まで、リストアップされている多数の企業群から何か見えるものはないだろうか。この豊かな混沌の中から、日本的企業と違うモデルの巨人が現れても驚きはしない。連載第34回「『アジアの時代』は潰えたのか」で考えた「華僑ネットワーク」とインターネットの「完全分散・同時多発型」相似性を思い起こしてもらいたい。

◆国内生産の空洞化は防げるか、座視していては…

 EMSは、もちろん国内にも存在する。代表的な存在が「キョウデン」である。「回路開発から量産、組立まで完全一貫支援」と「内製化するよりも『早く!』『良く!』『安く!』」「一貫製造設備を社内に保有」し柔軟に対応が売り物である。

 従来の物作り感覚から確かに違和感がある。しかし、ソレクトロンの最大の顧客がコンパックであり、ノートパソコンがあの程度に作れるのだから、「安かろう悪かろう」でないことは認めて良かろう。

 国内での物作りは、製品の種類によっては人件費の高さから海外に移転せざるを得なくなっている。それによって失われる雇用と、地域の空洞化が深刻な問題になってきた。ところが、ソニーの例に戻ると、ソレクトロンに売り渡されたソニーの事業所は、今後は人員ごとそっくりEMSとして活動する。

 三菱総研の「MRI TODAY 日本製造企業の戦略再考」はこう述べる。

 「現在の潮流は、日本が技術開発や部材供給、設備開発を担う、一方でアジアが部品や製品の組立を行う工程間分業をとる場合が多い。しかし米国のソレクトロンの行き方がみると、日本の製造企業の中から、発展途上国むきとみられる組立生産の請負会社に特化して、日本国内で物作りの強みをいかして高収益をあげる企業があって良い」

 物作り日本の技術的優位が相対的に低下する中で、これまでと違う物作り形態が幅を利かせることになるかもしれない。いや、そのような戦略に、あるいは全く別のビジネスモデルでもよいのだが、これまでの「惰性」は捨て去り、自分の頭で考えて立ち向かっていかなければ、社会としても生き残れない厳しい局面が見えているように感じる。

 最後に光産業技術振興協会の「1999(平成11)年度光産業 国内生産額等調査結果」を見ていただこう。2000年度は伸び率17%で7兆円を超える生産を予測している。私には最後にある海外生産が注目の項である。98年度で27%伸びて6706億円に達する。繰り返すが、VTRと比べた技術的な障壁は低く、この海外シフトは急拡大するに違いない。