無理を重ねた地上デジタルの副産物 [ブログ時評29]

 総務省はインターネットを通じてテレビの地上デジタル放送(地上波デジタル)を配信する方針を固めた。2011年のアナログ放送停止に間に合わない地域を解消するための苦肉の策だ。民放連も現在の放送地域割を崩さない範囲でなら応じる意向という。地方の弱小テレビ局にとって、放送設備のデジタル化に加えて中継局の新設は負担が大きく、間に合いそうにないからだ。当面は分ける約束が守られたとしても、放送と通信の垣根が壊されることに違いは無く、無理を重ねてきた地上デジタル化政策は思わぬ副産物を生みそうだ。

 ADSL回線は認めず、光ファイバー回線が対象になる。この方針変更が対象にしている地方の難視聴区域などは、光ファイバー回線の敷設が最も遅れている地域でもある。その意味で「本気で言っているの?」といった疑問がネット上、あちこちで読めた。毎月数千円かの回線料負担を地域の全所帯が受け入れるのか、未知数でもある。しかし、ネット上で最も不便な地域が全て光ファイバー回線化されるとしたら、放送の問題に止まらぬインパクトがある。

 専門性がある個人業の立場で「建築家と税理士のささやき」の「ネットで地上波デジタル放送を容認する意味」はこう書いている。「この意味するところは、来年中には地上波デジタル放送をネットで見る装置を持った家庭が増える、即ち、家庭レベルで、数万円の追加投資のみで大画面テレビ会議のネット利用ができる素地が整うということである」「これは、仕事の遂行形態を大きく変えることを意味し、どの分野にとってもビジネスチャンスとなる、大転機ではなかろうか」

 新聞だって、こういう地域は配達するのに一番手間がかかる。SXGA(1280×1024ピクセル)の17インチ・ディスプレイが家庭でも主流になることと併せて、新聞は画面で読んで、残したいものだけ切り抜きの要領で印刷する「ネット配信形態」が一気に広がっておかしくない。その場合ならどんな田舎でも新聞は都市部の最終版になる。あるいは読みたい時点で、一番新しい紙面を手にすることになるか。

 冷静に考えると、今回の方針変更には相当な出費が必要である。新しいシステム、新配信機構、光回線敷設への補助などなど。そう思うと地上デジタル化にかかわる資金がどこから出ているのか思い出され、「私企業への公的資金導入が報道・議論されない不思議」(零細投資家の独り言)のように言ってみたくなるのは当然だろう。「地上デジタルTVに関してはその大半が携帯電話利用者から徴収されている電波利用料が勝手にNHKと民放テレビ局に支払われている。しかも許可を得れば地上デジタル化以外の用途にも使えるというなんともいい加減なシステム」

 肝心の2011年アナログ放送停止は可能なのだろうか。日経BPの「2011年7月24日にアナログ放送停波に向けて〜『テクノロジー・サミット』報告(5)」は「地上デジタル・テレビのカラー・テレビ全体に占める割合は2005年5月単月で32.4%まで伸びてきているのに対し,CRTテレビ全体に占める地上デジタルCRTテレビの割合は4.5%」「安価なCRTテレビへのデジタル・チューナー搭載比率が上がらない限り,デジタル放送への完全移行は難しい」と書いている。

 アナログ放送停止6年前の現在時点で、売れているテレビの3分の1にしか地上デジタル・チューナーは搭載されていない。私の連載第132回「テレビ地上波デジタル化の読み違い」で一般ユーザーの現実とかけ離れた政策であることを論じた通りである。電機業界はパソコンによるデジタルコピー防止のために、ユーザーの利便を無視した、行き過ぎとも見える仕組み作りに血道を上げているのに、こちらではインターネットに載せる道が開かれる。失敗が見えてきた時点で官僚がエクスキューズを始めたとも見えるが、特定のところに利権が流れる匂いもする。