村上ファンドを研究してみよう [ブログ時評35]

 プロ野球ペナントレース終盤、元通産官僚・村上世彰氏の率いる投資ファンド「M&Aコンサルティング(通称・村上ファンド)」が、阪神タイガースを子会社に持つ阪神電気鉄道株を大量取得して筆頭株主に躍り出た。「投資の一環」と説明して阪神電鉄経営陣を安心させ、その間にさらに買い進めて38%を押さえ、経営の重要事項に拒否権を持つ3分の1さえ超えてしまった。これまでに936億円をつぎ込んで、もっと買い進む構えすらある。今年前半のニッポン放送をめぐるライブドアの行動と似ているようで、何か違う。ファンド内部の結束が強くて情報が漏れ出てこないが、ネット上で出来る研究をしてみたい。

 まず3月にあったマネックス・ビーンズオルタナティブ投資セミナーでの、ご本人の言葉を読んでみよう。「村上ファンドの村上世彰氏『"のほほん"としている経営者はクズ』」である。「経済産業省で会社の社長と話をする機会がたくさんあったのですが、業績が悪いのをみな日本の経済が悪いためだと言ったり、人のせいにする人ばかりでした。『ところで、自分で自社の株をどれぐらい持っているのですか?』と聞くと、『自分の会社の株なんて怖くてできませんよ』と言うんです。日本にはそんなクズみたいな経営者がたくさんいるんです」

 「雇用とか事業が失われるというが、敵対的M&Aは、既得権益者を排除して経営上の非効率なところを是正するために行われる」「むちゃくちゃ社員の給料が高いのはおかしい。それを是正して、退職者が他の局に行けば、人材がどんどん入れ替わるようになっていい。技術の流出を問題にする人もいるが、買収者はその技術を伸ばせると考えて買収している。なぜなら、敵対的買収者は資本という大きなリスクを取っているから」

 敵対的M&Aを挑む論理は、読む限りで非常に明快ではないだろうか。タイガースが弱くてどうにもならない時期にも特段のてこ入れもせず、株価が急上昇してもタイガース優勝のせいだろうと、ぼーっと見ていた経営陣には返す言葉も無いはずだ。

 読み物として一押しはAERA(2005年7月4日号)の「村上ファンドを裸にする 『勝負師』村上世彰の全貌」である。「小学校4年の時、仕事でめったに家にいない父から『小遣いを自分で稼いでみい』と100万円を渡され、株式投資を始めた」エピソードから最近の「行動する株主」ぶりまで描いている。

 おしまいの辺りに「1社あたり投資額は数百億円どまり。時価総額が兆円規模の大企業を攻めきれない。東大で同級生だった産業再生機構の冨山和彦専務は、こうも言う。『村上君の主張は、資本政策の技術的な問題ばかり。もう一歩進化して会社をどうマネジメントし、経営改善させていくかまで踏み込めていない』」とあるのが、とても引っかかった。村上ファンドは昨年までは1600億円規模だったが、最近の業績評価から海外を中心に資金が流れ込み4000億円規模にまで膨れ上がっているとされる。兆円規模の大企業はともかく、これまでから階段を1段上がって、経営にまで踏み込もうとしているのではないか。従来はなかった「3分の1超」取得が示唆していると思う。(なお、All Aboutの「村上ファンドの村上世彰氏とは?」なども参考になる)

 38%取得の手際は鮮やかだった。「isologue −by 磯崎哲也事務所」の「阪神電鉄株における村上ファンドの海面急浮上戦法」が練りに練られた作戦だったことを時系列グラフで解き明かしている。機関投資家に課せられている「3ヶ月ごとの基準日に締めて、そのときに5%を超えていたらはじめて翌月の15日までに報告しなければならない」制約と、10%を超えると休日を除く5日以内に報告する制約、さらに10月1日に阪神百貨店を100%子会社にして上場廃止、阪神電鉄株に交換する日程などを勘案し、9月後半の3連休2回を巧妙に使った。2ヶ月前に安値で9%ほど買い、報告義務が生まれた9月15日時点から大量買いに走った。連休明け26日に突然、筆頭株主と報告、「投資の一環」と説明していたころには、転換社債を安値で十分買い込み、既に3分の1超の目途は付けていたのだ。これは意気込みが違う。

 阪神タイガースの株式上場が既に提案され、老朽化が進む甲子園球場移転提案の噂もある。これからも旧来の常識にない提案が飛び出しそうな予感がする。それを頭から否定するのではなく、十分に検討したらよい。村上ファンドが球団社長候補に挙げた西川善文・三井住友銀行前頭取、福井俊彦・日銀総裁もある意味で面白い。「投資ファンドの功罪」(古時計日記・ブログ版)はこう指摘している。「しかし、じっくりと腰を据えて投資してくれるファンドはやはり心強いものだろう。モノ作りが大切であることは間違いないが、モノを作るにはヒトとカネが必要。本来、ヒトとモノは企業自らが調達してくるものだが、ダメ企業はそれができなくなっているわけであり、これを代行してくれるのも投資ファンドの役割。遠いところで投資ファンドの恩恵を受けている人も今の日本ではかなり多くなっているはずである」

 経済界では投資ファンドの動向に関心が高まっている。8月には日本経済研究センターが「投資ファンドの標的企業を洗う」を公表して、色々な指標から買収可能性の高い企業を洗い出している。ちなみにランク上位10社は以下の通り。
 1 富士写真フイルム
 2 島忠
 3 卑弥呼
 4 サンゲツ
 5 長府製作所
 6 任天堂
 7 アステラス製薬
 8 マブチモーター
 9 小野薬品工業
 10 双葉電子工業


 しかし、リストは30社まであるのに阪神電鉄は入っていなかった。経済専門家にも読めない行動だったと言えよう。

 【追補2006/6/5】本物の投資家に至らず村上ファンド退場 [ブログ時評58]をリリースしました。