警察・司法の功利主義が歪ませる社会(Winny判決考) [ブログ時評71]

 数々の公・私文書をネット上に流出させ、有名になりすぎてしまったファイル交換ソフト「ウィニー」――その開発者である金子勇・元東大助手に、著作権法違反(公衆送信権侵害)幇助で罰金150万円(求刑懲役1年)の有罪判決が京都地裁で出された。同種ソフトの事件で世界各国では開発者が有罪になったことはなく、日本の社会を歪ませていく警察・司法の功利主義の流れとして際立つ。福島県立大野病院・妊婦死亡事故での産婦人科医逮捕・起訴と並んで2006年を代表すると思える。ささやかな功名が不可逆的な社会変化を起こし、報じるマスメディア側はばらばらで、動いていく事態を見送るばかり。

 裁判を傍聴してきた佐々木俊尚氏の「Winny裁判、罰金刑は重いか?軽いか?--自己矛盾を抱えた判決」が問題の本質を整理している。争点はふたつで「Winnyというソフトそのものが著作権侵害を助長させるものであったのかどうか」と「ソフトを公開した開発者、金子被告の意志の問題」である。

 氷室真裁判長は「Winnyというソフトそのものが犯罪的であるという検察側の主張は、却下し」その一方で「弁護側が一貫して主張してきた『開発は技術的検証のためで、(著作権違反を助長させる目的だったとする)供述調書は検察官の作文』という訴えを、完全に一蹴した」。ところが「ただし、Winnyによって著作権侵害の蔓延を積極的に企図したとまでは、認められない」と転じ、量刑理由では「被告は著作権侵害が蔓延することを目的としたのではなく、新しいビジネスモデルを生み出させるという目的をもっていた。経済的利益を得ようとしたわけではなく、実際に利益を得たわけでもない」と罰金刑にした理由を述べた。

 佐々木氏はこの後、「新しいビジネスモデル」を検討して「現行の著作権法、現行の著作権保護システムを崩壊させようとするのであれば、その行為は法違反とならざるを得ない」として有罪を妥当とする。そうだろうか、刑事裁判とは量刑理由のところまでであり、私は無罪を選ばざるを得ないと考える。つまり、この論理構成では「幇助」の適用は無理だ。

 「Winnyの判決について思うこと」(gdgd日記)も「正犯がWinnyを著作権違反行為に利用することについて、正犯を特定しての個別具体的な認識までは必要としなくても、何らかの形で正犯との紐帯が窺えるような主観的態様を必要とするべきではないか。本件のような技術の提供行為は、不特定多数者の利用を前提とするものであることから、この程度の主観的態様で違法性が認定されるのなら、幇助犯になりうる範囲が限りなく広がりかねない」との危惧を表明している。同様容疑で誰かが逮捕されたら、また幇助になってしまうのが妥当かとも問うている。

 求刑懲役1年に対して罰金150万円の判決は、罪状認定を大きく割り引いており、有罪とすることに抵抗感が大きかったことを物語る。それでも裁判官が有罪としたのは、現在の裁判官たちが考えている常識的な範囲から逸脱したくない、変わり者の判事と見られたくない思いの故だとみる。11月30日に「住基ネット制度の適用の強制はプライバシー権を著しく侵害する」と違憲判決を出した竹中省吾大阪高裁判事が、3日後に自宅で首をつった状態で発見された。退官が間近い判事に何があったか、今となっては知ることが出来ないが、違憲判決さえ書かなければ死ぬことは無かったのかも知れない。

 安きに就く司法は国民の間に失望の輪を広げていく。「技術者潰し?」(はっつんの日々)は「ソフト開発者はどのように使われるか…違法なことに使われる可能性はないか…常に考えながら開発をしなきゃいけませんよね?」「こんな事まで考えて開発しなきゃいけないなんて作業する気も萎えますよ」「こんな事をしていたら、日本発の技術なんて生まれやしませんよ」と主張するし、「司法は腐っている」とまで述べるブログも散見される。工学部出身でエンジニアになりかけた私には、モノを作り上げるのに一生懸命な技術屋に影響評価まで負わせるのは無理だとの指摘は理解できる。最大手紙社説の結び「技術者が委縮するという指摘もある。だが、同種ソフトの開発は止まっていない。心配は無用だろう」には、問題が違うと申し上げよう。

 もともとウィニーの摘発は、ハイテク犯罪を追う特別組織を立ち上げたばかりの京都府警が狙いを付け、新分野開拓として名を上げた。福島県立大野病院の事件でも業務上過失致死と医師法違反の罪で立件した警察署が新しい領域を拓いたと表彰され、他県の警察にもこれに習う動きがある。大量出血の帝王切開に「いちかばちかの手術では困る」と評した福島地検。少しでも難しい妊婦は大きな病院に送られてパンク状態を招き、産科医療崩壊を後押ししているのだが、知らん顔を決め込んでいる。日本医学会は12月初旬「声明文」を出して「結果責任だけをもって犯罪行為として医療に介入することは決して好ましいと思いません」と抗議した。

 急成長の結果、約2000億円で米Googleに買収された米YouTubeは、動画の共有サービスをしており、テレビ番組からの違法なコピーなどが後を絶たない。もし日本にサーバーが置いてあったら早期に摘発されて、こんなに大きくなれなかったろう。企業や研究開発の活力面でも、国民の医療や暮らしの面でも、国家権力が勝手にどこまでも踏み込んで良いものではない。可罰的違法性があるか、考慮すべき領域が広範囲にあることを認識しなければならない。

※関連=「医療崩壊が産科から始まってしまった [ブログ時評59] 」