新型インフル検査、厚労省の非科学と杜撰 [BM時評]

 読売新聞の《新型インフル患者数、「新規発症は減少」と厚労省》をはじめマスメディアは、厚労省が「ピークは20日で、ここ数日は新規の発症者が減ってきた」とみていると伝えました。厚労省はまだ、新型インフルエンザの流行状況を自らの管理下に置いていると信じているようです。驚くべき非科学性です。政府が取ってきた流行阻止対策の前提は悉く崩れ去っています。新規発症者が減っているのは、するべき患者に遺伝子検査をしないからにすぎません。

 感染者は指定の汚染国からやって来て、水際の検疫作戦である程度は食い止められ、政府が気付かない内に国内に蔓延する事など無い――との前提に立ち、発熱者がいれば汚染国に行ったかを問い、行っていれば簡易検査でインフルエンザA型かB型か調べ、A型なら遺伝子検査をする――このフローを守るよう指示してきました。神戸、続いて大阪で高校生の患者が見つかったのは、学校での季節はずれの集団発生を不審に感じた医師が「海外渡航歴なし」でも遺伝子検査をするように求めた結果です。京都の小学生で見つかった例は最近、遠出さえしていないのですから、国内蔓延をさらに疑わせます。

 厚労省の「指示」が頑なに守られてきたことは、感染症情報センターの「新型インフルエンザA(H1N1)の流行状況−更新5」を見れば歴然とします。「11日10時現在で、感染症発生動向調査に関連して疑い症例調査支援システムに入力された情報では、新型インフルエンザ疑似症の報告は、全部で15例であった」。検疫以外で遺伝子検査まで進んだ例が、大型連休明け5月11日でも極めて少なかったのです。

 20日に米国から帰った女子高校生2人が、検疫で簡易検査「陰性」となりながら都内などの自宅で発病してしまいました。簡易検査の信頼性は「2009年5月19日現在の神戸市における新型インフルエンザの臨床像(暫定報告)」ですでに否定されていました。「43例全例の新型インフルエンザ検査確定例」で「迅速検査A型陽性の診断は23例(53.5%)」「陰性の診断は20例(46.5%)」と、遺伝子検査で確定した患者にしていた簡易検査の結果は陽性・陰性が半々なのですから、無用の長物です。

 神戸と東京の発熱相談センターに寄せられた電話相談件数の推移を並べてみましょう。人口比が8倍余りあることに留意しても、大型連休明けの状況は似通っています。神戸だけに発熱者が多かったのではありません。  神戸がやや落ち着いてきているのに対して、東京は23日の土曜日も殺到している感じです。では、この多数の相談者に適切な検査がされているのでしょうか。18日に至って、汚染国や汚染地域に行っていない場合にも検査対象を拡大をするとした「都内での感染者発生早期探知に向けての東京都の対応方針」は病院については「38度以上の発熱及び呼吸器症状のある入院患者又は医療従事者が3名以上発生し、迅速診断キッド判定がA(+)であった場合」、学校では「学級又はクラブ単位で38度以上の発熱及び呼吸器症状のある生徒、児童が3名以上発生し、迅速診断キッド判定がA(+)であった場合」に遺伝子検査をするというものです。これでは神戸や大阪で最初に見つかった、医師が現場の勘を働かせたケースは遺伝子検査に回りません。1人の医師の所に3人もの同級生が相次いで来る想定に無理があります。集団発生しても別々に医師にかかれば網にかかりません。そして、簡易検査(迅速診断キッド判定)は無意味どころか、このケースでは感染者の半数を見落とす結果につながります。

 公式に報告されているデータを集めただけでも、厚生労働省の新型インフルエンザ検査体制は破綻しています。患者発生状況を原理的に把握できないのです。これで「ここ数日は新規の発症者が減ってきた」とのコメントは失笑を買うだけです。奈良県は週初めに1100人もの異常を把握しながら「指示」に従って遺伝子検査に回したのは7人で、いずれも「陰性」だから問題なしと発表したようです。

 起きている現象を的確に観測できなくなっている恐れがあれば、観測システムを切り替えるのがサイエンスの常道です。全数検査までする力がなければ、発熱相談者に適切なサンプリングをして遺伝子検査を実施すべきです。そもそも人類未経験の新型インフルエンザ流行が、最初に描いたシナリオ通りに進むと考える方が傲慢不遜ですし、ここまで来て簡易検査を外そうともしない杜撰さには驚き入ります。