第211回「危うい改正臓器移植法施行、医療現場に難題」

 15歳未満の脳死体から臓器提供を可能にした改正臓器移植法が7月17日に施行されました。昨年の国会で実質的な審議を欠いたまま、いきなりの採決で可決成立してから、従来と大転換になる全面施行に向けて準備周到とは到底思えません。臓器提供意思表示カードなどでの明らかな意思表示を求める以前の法律に比べて、改正法は医療現場が患者家族に臓器提供を促す仕掛けになっています。医療崩壊と言われて久しい、繁忙を極める救急医療現場にそれを求めているのに、実質的な手当てはされていません。

 日経新聞は昨年来、強力な法律改正推進側に立ってきました。社説「臓器移植普及にまだ医療体制が伴わぬ」は「器はできたが、中身が伴わない。移植医療の要である移植コーディネーター(仲介者)を増やし、臓器提供を担う救急病院の態勢充実が急務だ」は相変わらず推進の旗を振っています。しかし「子どもの脳死判定は大人より難しく、より慎重な判断が要る。多くの患者の救命に忙殺されている今の救急病院では対応が難しいとの声もある。厚生労働省は、救急医療の充実などの対策を早期に講じるべきだ」と述べたところで、無茶な注文をしていることに気付くべきでしょう。どこに予算原資があって、どういう名目で配れるのでしょうか。それも恒常的な底上げが必要です。

 読売新聞の「小児臓器提供、4割『困難』…認定病院の体制整わず」が厚生労働省が臓器提供施設に認定した小児専門病院29施設のうち「脳死判定と臓器提供の両方に対応できるのは12施設で、さらに施行日から対応できる施設に限ると5施設(17%)に減った」と伝えました。5施設もあるとは、現場を知る者としては驚きです。果たして実行できるか、です。

 毎日新聞の「記者の目:改正臓器移植法」は小児脳死判定の重さをこう書いています。「脳死臓器提供には、脳死判定を6時間以上間隔を空けて2回実施する必要があり、臓器摘出手術などを含め、6歳以上は約45時間前後かかる。蘇生力の高い6歳未満は脳死判定の間隔を24時間以上空けるため、さらに18時間長くかかる。施設の規模によっても異なるが、日常の救急医療業務の一部またはすべてを止めなくてはならない」。同紙のアンケートに対して「脳死下での臓器提供により現場は48時間以上にわたって救急医、麻酔科医、主治医がかかわり、ICU(集中治療室)、手術室の機能が止まる」と悲痛な声が寄せられたといいます。

 もし現場の態勢が整っていたとしても、「体温がある死体」つまり温かい我が子を前にした親御さんを説得しなければなりません。その場で「脳死=人の死」を認めさせる説得は、押しつけがましいものでは困ります。昨年の国会採決前、「臓器移植のドナー不足は本当に悪なのか」の最後で「様々な代替え技術が進んでも移植でしか救えないケースは存在し続けますが、その少数に合わせて大多数の国民の死生観に変更を求めるのは僭越に過ぎると言うべきです」と書いた通りです。