第321回「住民帰還は役所都合の大義、大半は未だ帰らず」

 福島原発事故で汚染され荒廃した故郷に住民が帰還するのが当然、との論調をマスメディアが維持し続けるのに異議を唱えます。「汚染度が下がり帰還しうる」と「帰って何とか生活できる」との間には大きな落差があり、さらには「昔通りに満足な生活」へのギャップは現状では超えがたく大きいのです。緊急時避難準備区域解除から1年、現地福島からの報道は避難住民に寄り添っていないと常々感じ、毎日新聞・山形からの《疎開の現在:’12夏・山形/1 賠償打ち切り 帰郷への希望しぼむ /山形》を読んで納得の思いがしました。

 1年前まで緊急時避難準備区域だった福島県南相馬市原町区から、山形市の借り上げ住宅に避難する木村勝男さん(77)に取材しています。「体力が衰えたせいか、帰郷へのかすかな希望を抱いていた昨年の夏とは考えが変わってきた。昨年は残暑の日差しの中で故郷の山河の暮らしを懐かしんだが、今ではそうした気持ちも薄れた」「福島県内では、除染作業が進んでいる。それでも、木村さんは安心して故郷に戻れないと考えている。『たとえ自宅に住めたとしても、山全体を除染することはできないだろう』と思うからだ。木村さんにとって、故郷に戻るということは野山に囲まれて暮らすこと。『それがかなわないなら、気をもんでも仕方ない。もう、あきらめるしかない』」  この地図は福島民報の《【避難準備区域解除から1年】住民帰還進まず 除染、生活基盤課題多く 5市町村》から引用したもので、木村さんの南相馬市のほかに4市町村がいま同じ問題に直面しています。

 「全域が緊急時避難準備区域だった広野町は住宅などの除染が進む。水道などインフラも復旧し、広野小と広野中は二学期から自校での授業を再開した。しかし、町民約5500人のうち、町内に戻ったのは1割の500〜600人程度」「今年1月に帰村宣言した川内村は、住宅などの除染が年内にも完了する見通しだ。ただ、周囲の森林は手つかずの状態で、住宅の除染が済んでも放射線量が比較的高い地域があるという。人口約2800人のうち週4日以上、村内で生活しているのは現在、800人程度とみられる。住民からは『放射線を心配し、腰を落ち着けて住む人は少ない』との声も漏れる」

 満足に暮らせるどころか、何とか生活できる程度にも改善されていないのに、緊急時避難準備区域住民は8月末で東京電力からの精神的苦痛に対する賠償金(1人当たり月10万円)をうち切られています。木村さんは「裕貴恵さん夫婦が南相馬市から仕送りもしてくれる。『俺の年金と合わせて節約していけば孫と3人が暮らしていけないこともない』とは思う。一方で、『本当に”帰ってこい”と言われているようだ。避難を続けたい自分の気持ちと世間の流れは、全く逆なんだな』とつぶやく」

 放射能の恐れを別にして、この程度の住民数では生活に必要な物資を扱う商店が立ちゆかないでしょうし、クルマを運転して遠くに買い物に行けない高齢者らは生きていけません。暮らせないところに帰還させようとする政府・自治体ご都合の大義に、全町避難している大熊町と富岡町、浪江町が「5年間は帰還せず」と表明、双葉町が「全町避難だから異議が言える異常な線量基準」で指摘したように抵抗しています。それが持つ重要な意味をマスメディアは全国ニュースとして伝えようとしません。

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