無形文化遺産「和食」の核心は「だし」パワー [BM時評]

 ユネスコ無形文化遺産に「和食」が登録されました。提案書で日本の四季や多様な食材を活かした社会的慣習と説明されたものの、料理としての核心は「だし」であり、油脂の魅力に対抗できる稀なパワーを秘めています。これは京都大での動物実験で証明されています。欧米などの料理と違って油脂が少なくて済むヘルシーさを、和食が誇れる秘密こそ「だし(出汁)」にあるのです。日本人が発見した、甘味、酸味、塩味、苦味に次ぐ5番目の味覚「うま味」がそれに欠かせない存在になっているのも偶然ではありません。

 農水省が準備した「和食ガイドブック」は料理の項でこう説きます。《水を豊富に使えることで発達した蒸す、茹でる、煮るなどの調理法や、種類豊富な魚を処理するのに適した包丁などの調理器具、そして野菜と魚介中心の食事をおいしく食べるために工夫されただし(出汁)などが、「和食」の料理を支えている》

 出汁について動物実験しているのは京大の伏木亨教授です。「おいしさの科学と健康」で紹介されている実験があります。ネズミにとって油脂と砂糖水と出汁がどのくらい渇望の対象になるか比較するために、それぞれの一滴をもらうためにタッチパネルを何回まで触るかを測りました。《コーン油 150回:砂糖水 50〜60回:出汁・醤油溶液 50〜60回》がその結果です。油と糖分が動物に好まれるのは自明ですが、出汁が砂糖水と拮抗し、油の3分の1までもあったのでした。別の実験で油脂と出汁を両方とも得られるように設定すると、油脂の摂取量が減ることが分かっています。

 油と糖と出汁の美味しさは、脳内でβエンドルフィンといったモルヒネ様物質を生じて快感を与えるメカニズムである点も解明されています。

 「出汁を最も巧みに修飾してくれるものこそ塩分である」と第112回「食塩摂取と高血圧の常識を疑う」(インターネットで読み解く!)で指摘しています。欧米のように油脂を大量摂取しなくて済む食事が和食なのに、欧米基準で減塩食を勧めるのは大きな間違いです。「『健康日本21』のスローガンは洋風の高動物性脂肪食も、塩分が多い日本食もどちらも退けるものである。いいとこ取りしているようでいて、現実の人間のことを考えていない」と思いますから、詳しくは参照して下さい。

 肥満に悩む欧米では、植物性蛋白や線維質に富む食品、魚の良質油脂が豊かな和食に羨望の目が集まっています。現実の日本は若者を中心に欧米風ファストフード店が繁盛し、家族の外食でも油脂リッチなメニューがもてはやされています。伏木教授は出汁の美味しさを幼児期に刷り込む重要さも研究し、指摘しています。若い頃は脂ぎった食事でも病気が心配な中高年になったら和食に回帰してもらうには、良い出汁の魅力を体験しておくことが大事なのです。