第570回「日経によると日本の科学力失速の元凶は国立大」

 日経新聞が連日、日本の科学力失速の元凶は国立大と言わんばかりの論陣を張っています。2004年の国立大学法人化以降、論文数の世界シェア急降下を問題視ですが、法人化そのものに疑問を持たないから不思議です。世界2大科学誌のひとつ英ネイチャー誌が3月特集で「日本の科学力は失速」と明確に打ち出し、諸外国が研究開発への支出を大幅に増やす間に日本政府は大学補助金を削減したと指摘したのも耳に入らないようです。  4日付の《組織管理改革に遅れ 国立大の研究力低下》に掲載されたグラフで、まさに危機的状況を映しています。記事は日本総合研究所調査部の河村小百合・上席主任研究員が寄稿した形になっています。

 《国立大学関係者からは低迷の要因を国の運営費交付金抑制に求める声がしばしば聞かれるが、本当にそうなのか》《国から国立大学法人への支出の推移をみると、確かに運営費交付金は法人化以降ほぼ1兆2千億円程度で横ばいとなっている一方、科学研究費補助金(科研費)等の競争的資金は14年度までに倍増し、実際には1千億円程度増えている。さらに自己収入も合わせた収入全体は法人化以降、3千億円程度増加している》《国立大学のパフォーマンス向上には、組織や人事のマネジメントを大きく変える必要がある》  ネイチャー特集が出た後、4月に書いた第554回「科学技術立国崩壊の共犯に堕したマスメディア」に掲げたグラフ「全分野での論文数シェアと国立大交付金の相関」を再掲しました。河村氏の主張は文部科学省の代弁と言っていいでしょう。私からはネイチャー特集に含まれる角南篤・政策研究大学院大学副学長のコメント《多くの大学人は政府主導の改革に懐疑的であり、もはや自ら改革が出来ないほど大学財政は窮迫している》を再掲しておきます。これほど現状認識が違えば議論が噛み合うはずもありません。

 日経3日付《データが示す日本の研究力低下 根底に大学の環境悪化 科学記者の目》が同様に重要論文数の世界シェア低下を問題にしています。

 《日本の大学の場合、2000年前後にトップ10%、トップ1%の論文数の国際シェアがピークに達し、その後は低下の一途だ。直近データである14年(13〜15年平均)の値はトップ10%で2.2%、トップ1%は1.6%とピーク時の半分程度まで落ちている。プロ野球選手であれば引退の二文字がよぎる水準だ》

 この表現はとても分かりやすいですが、《科技振興機構の分析によると、電気・電子や自動車など10の工学系の分野で、トップ10%論文の国際シェアの順位が7年前に比べていずれも落ちている。自動車は3位から6位に、機械は3位から10位、土木は4位から16位といった具合だ。工学部の研究者が実用研究から理論研究にシフトし、ものづくり現場の課題をとらえきれなくなっている懸念がある》には強引すぎて愕然としました。問題はそこにはありません。  昨年書いた第513回「危機の現状に対策が噛み合わぬ科学技術基本計画」で引用した科学技術・学術政策研究所による学問分野別の世界ランク変動図です。理学、工学、医学、生命科学どれも10年の経過で日本は総崩れの様相です。

 日経3日付の結論はこうです。

 《学術論文の国際シェア低下という紛れもない数値そのものを「実態を反映していない」と見向きもしない大学関係者もいる。ある大学の学長経験者は自戒を込めて言う。「大学改革、大学改革とずっと叫んでいるが日本の大学はさっぱり改革していないのが実態だ」。真に改革すべき時が今まさにやってきている》

 どうしてこのような結論になるのか理解できません。国立大の法人化を主導し、毎年、運営費交付金を1%ずつ上乗せ削減してきた文科省の政策への疑問が記事のどこにも無いのも不思議です。危機的な現状があって、その引き金になる政策変更があったのですから、法人化という政策変更を検証するのがジャーナリズムの常識です。連日、大きなスペースを割く記事を載せながら、政府に疑問も投げられない、ご意向に沿う記事しか出せないのではメディアとして存在価値はありません。