第41回「英語力と受験英語を考える」

 中学、高校と6年間も英語教育を受けているのに、海外旅行でもしてみると、全くと言ってよいほど、その英語は役に立たないことを知る。大学受験のための特殊日本的な英語学習が弊害になっているのは明らかだから、いっそのこと、大学入試から英語を外したらどうか。'96年に中央教育審議会の議論の中で持ち上がった問題提起が尾を引いている。'97年の「21世紀を展望した我が国の教育の在り方について 中央教育審議会第二次答申」には、一部にせよ受験科目から外してよい、との見解が盛り込まれた。インターネット上でも、英語をどうするか、どう学ぶか、議論が盛んである。

◆コミュニケーションに役立たないなんて

 私の世代では縁がなかったが、現在の若い世代は中学、高校時代に実用英語技能検定(英検)を受けて、「級」を取得するのが当たり前になっている。これにはリスニングもあって、聞き取りはまねごとだった私の世代とはそれだけでも差が大きい。その英検の「データ・ファイル」に、大学生300人に聞いたアンケートがまとめられている。質問「自分の英語力はビジネス社会で通用すると思うか」に、3分の2が英検資格を持つ大学生なのに「通用すると思う人は 3.0%と極めて少数で、『通用しない』(97.0%)と考えている人が大多数を占めています。ほとんどの人が、ビジネス社会における自分の英語力には自信がないという結果です」という。企業人から見たアンケート調査結果も掲示されており、やはり厳しい内容だ。

 「言葉の森に寄せて 受験英語より気持ちの伝わる英語を」は現在の英語教育の行き違いぶりを指摘する。「大学入試を目前にした受験英語が、本来コミュニケーションのための道具であるべき英語とあまりにかけ離れてしまっている。そもそも、高校や大学入試に英語科目を取り込んだのは、その当時の文学省が将来の日本が国際化に直面したときに、国語・算数・社会に加えて外国語としての英語が不可欠になると予測したからであって、じつに導入動機は明解である。彼等は今日の表情のない無機質な受験英語を想像していなかったに違いない。何時から私たちのまわりの英語がかわってしまったのだろうか。英語のもつ響きのエレガントさや、曖昧さを許さない表現の論理性、さらには英語を耳にするときの転がるようなリズム感のよさなどに触れると英語の楽しさが増幅されるはずだが、残念ながら、学校で英語を習っている若者達からは、このような英語の楽しさは見えてこない」。

 「21世紀を展望した我が国の教育の在り方について 中央教育審議会第二次答申」から、英語と受験について述べている部分を引用しよう。それほどセンセーショナルな表現ではないが、こう言わざるを得ないところまで弊害が極まっている。「外国語、特に英語については、コミュニケーション能力の育成などを目指す改善の方向を踏まえ、入学者選抜においてリスニングを取り入れたり、履修科目等指定制を活用したり、あるいは英語検定などを活用することをもっと考えるべきである。大学入試センター試験をはじめ、各大学等における試験の問題の改善が図られつつあるが、一部の大学における英語の出題内容等の在り方が、文法や構文等に関する内容に重きが置かれていることなどにより、高等学校以下の英語教育の改善を阻害している一つの要因となっているとの指摘もあり、英語教育だけでなく、試験の問題についても一層の改善の努力が求められる」「各大学・学部が、自らの教育理念や目的に応じながら、履修科目等指定制や英語検定の活用などを進める一方、例えば、入学定員の一部について英語を受験科目として課さないということも柔軟に考えていってよい」。

◆データが示す暗、それでも明も

 海外と比べて、日本人の英語力はどの程度か。英語が母国語でない人が、米国の大学などに留学して授業についていけるかを調べる試験「TOEFL」。その「TOEFLの結果から見た英語観」が端的に示している。偏差値で表される、その成績は日本人平均が50点を切り、「世界214カ国中197位」だという。20年くらい、ほとんど向上が見られない。もっとも、年間約80万人の受験者中、日本人がほぼ2割とずば抜けて多いための結果であり、他の国の人は選ばれたエリートが受けているのだとの見方もある。

 頭部や腹部の断層写真でおなじみになった、医療用の画像処理技術を使った「MRIによる日本人の/r//l/の観測」は「英語を母国語とする話者のデータとの比較検討を行なった。英語話者の発音時の舌の形状は、/l/の発音については話者間の共通性が高く、/r/は、幾つかの標準的なパターンに分類された。一方、日本人話者の舌の形状は、話者間の違いが大きく、英語話者の/r/や/l/とまったく異なった形状を示すものが多かった。これらの形状と、音声の物理特性、英語話者による評価結果は高い相関を示した」と、科学的な手法で日本人が英語に向いていないのだと示している。

 「英語と日本語の違い」にも、「人間の耳は生まれてからその社会環境や生活環境に影響を受け、その言語特有の周波数帯にあった耳づくりがされます。日本語は125から1,500Hz、英語は2,000から12,000Hzの音が多く含まれている。英語特有の子音(s、th、ch、f、…)は高周波音となります。このように日本語と英語の周波数帯が全く違う位置にあれば、聴き取れない音があるのも当然です」とある。「各言語における周波数分析」グラフはなかなかの見もので、米国より英国の英語が高周波であることや、フランス語は低周波分も持つのだと知って、音楽好きの私はなるほどと思った。

 日本人の英語は駄目だと、科学的に分かることは決して悪いことではない。科学的に分かれば対処法も分かるからだ。西の学研都市、京阪奈にある国際電気通信基礎技術研究所(ATR)は「外国語音声知覚学習」の研究を精力的に進めてきた。その成果を「ATR Hearing School」というソフトウエアとして売り出している。「外国語を音として聴き取る能力は、成人になってからは、あまり向上しないと考えられてきました。しかし、ATRの研究で、日本人の最も苦手なRとLの聴き取り能力が、適切な学習を行なえば確実に向上することが確かめられました。研究データに基づいた有効な組み合わせで、日本人が聴き取りにくい単語を出題します」。この研究に限らず、やり方次第であることはあちこちで報告されている。

 でも、本当は幼児期から英語が耳に入るにこしたことはない。「バイリンガルの子の育てかた」にある「幼児は生まれてから数年のあいだに、耳で聞き、自分が真似てしゃべったことを記録する言語の神経回路を頭の中で形成する。これらの回路は、運動回路、思考回路、その他の思考回路と密接につながっている。外国語をそのままの形(直説法)で学ぶ子どもたちは、頭の中にもうひとつの第2言語回路が開けるため、6歳以下の子どもには、こうした直説法で教えれば、2カ国語でも3カ国語でも、正しい発音で自由にしゃべれるようになる」のだが、その機会がなかった我々は、別のやり方で臨むしかないのだ。

◆若い世代の苦心、奮闘ぶり

 では、どうしたら英語を学べるか。若い世代を中心に留学の経験や独自学習法など、インターネット上で、いろいろな情報が飛び交っている。

 現在の英語教育が生み出した典型的な例なのだろう、留学して「初めてのTOEFLの点数は何と330点(TOEFLのスコアは偏差値で表わされるから、つまり僕の点数は偏差値33だった)」と筆者が打ち明ける「英語学校について」。残念ながら、6年間の英語教育だけでは最低点レベルということかもしれない。それでも、この人は「日本人の少ない英語学校・大学を選べば、後が楽です。僕はUniv. of Missouri at Columbiaの英語学校に行きましたが(日本人の数は1クラスに1〜2人)、今の大学の英語学校の学生とは比べ物にならないほどのスピードで英語力がつきました」と報告している。TOEFLがどんなテストか、関心がある方は「TOEFL Mini Test」で体験できる。

 長時間のリスニングが課され、ビジネスマンの英語資格として重視されている「TOEIC」。留学もしないでそれと英検に高い成績を収めたという、過激な題名のページもある。「英語はこう攻めろ! TOEIC940点・英検1級をとった作者の体験的アドバイス」。「Section 1 初めに」に「学校英語でない、いわゆる実用英語を私が本格的に学び出したのは、大学に入ってからです。専門科目(法学部政治学科)の勉強よりよほど面白く、単位にも関係ないのに自分なりに工夫して一生懸命勉強しました。私の勉強スタイルは、『英語の達人』達が書いた本を参考にしながらも、かなりの部分は自分で試行錯誤しながら、効果的な方法を模索していったものです。結果的に、大学3年生の時には海外経験ゼロで英検1級やTOEIC915点など、難関といわれる資格を取得できました。その後、大学4年生の時にカナダを中心に北米に約半年滞在し、英語国での生活を実地に体験したのですが、既に英語を身に付けてから渡航したことにより、中身の濃い生活が送れたと思います。現地では、1、2年既に留学生活を過ごしている日本人も何人も見てきましたが、かなりの人は(英語力に関しては)レベルが低い現実も知りました」と自己紹介がある。

 プロの通訳を目指す女子大生の「純国産日本人が英語通訳に挑戦」も、いろいろな学習法を紹介している。効果が高かったものとして定期的に放送されている海外ドラマをビデオ録画して繰り返して見ることなどが挙がっている。「1年間このようなことを続け、家にいる時は必ず海外ドラマのビデオを流して英語を耳にするようにしていたら(毎回の放送番組を少なくとも10回以上は見ていました)、TOEICのリスニングで満点を取ることができました」。私の世代の英語教材環境を考えると、衛星放送のニュース番組なども含めて、雲泥の差がある。留学はしなくても、本人の動機付けと工夫次第になったのだと感じる。「情報満載! 英語情報サイト」などを見ていただくと納得だろう。

 おしまいに英語をしゃべれないのは、英語力の問題だけでないことも指摘したい。座談「脱モノリンガル時代の英語教育」にこんな議論があった。「やっぱり子どものころからきちんと子どもなりの主張を言わせることで、大人になって言いたいことが言えるようになるのであって、いくら日本語がしゃべれても、みんなの前で発言ができるかというと、そうではない人が多いですね。英語教育も、英語ができるようになっても、発言ができるとは限らない」「自己表現するエンジン、パワーがないんです」「そこですよ。それはもう子どものころから培っていくものです。英語だけの問題ではなくて、すべてにね」「教育全体の問題としてね」「ええ。きのう、たまたまセネガルとブラジル、韓国、タイの学生でニュースを見ていたんです。今、北朝鮮の核査察の問題が出ているんですけど、いくつかニュースを見せたら、彼らがまず言ったのが、どうしてどの局も同じことしかやらないんだ、オピニオンがないじゃないかと。ニュースなんか20%しかわからなくても、そこからキャッチしてね。では、日本人の学生にそういうことを言わせるには、一体どういう教育をしたらいいのかと」。これは、この国のメディアに向けられた指摘でもある。