第47回「超音波の多能・多彩と神秘さ」

 超音波は決して派手な技術ではないが、面白い技術、そして、少し突き詰めてみると理屈が十分には分かっていないのに、装置が簡単だから使えてしまっている技術でもある。科学部記者をしていて、超音波関連の技術と付き合うことが、なぜか多かった。例えば国内が主導権をとって発展した超音波モーターは、その草創期から取材する機会に恵まれた。科学部を離れてからも、最近では、超音波コテを搭載した左官ロボットの開発をリポートした。超音波の応用範囲は広がるばかりで、多能・多彩、実現できる事象の面白さ、それにふと気付く神秘さは、さらに深まっているように感じる。

◆見ることと人体を診る技術

 技術に入る前に、超音波と言ったらコウモリを外すわけにいかない。彼らが闇の中で超音波を出し、その反射を聞いて障害物を「見る」ことは有名だ。インターネット上で、彼らが出している超音波を聞ける。いや、超音波は人間の可聴音域を外していて聞けないから、聞けるような低周波音に変換したものではあるが、「松本のヤマコウモリ」の「ヤマコウモリBD音 飛行時の超音波をバットディテクターで可聴音にヘテロダイン変換した音です」「おでかけの声 樹洞の中から飛び出す直前に低い周波数の超音波を出しました。この声はあるねぐら1ヶ所でしか聞けないので、方言のようなものがあるのかもしれません」は一聴の価値あり。「ヤマコウモリは夕暮れ時になると巣穴から出る前にさかんに話をしているようで、その声が樹洞から漏れ出ているのを聞くことが出来ます。また、コウモリと言えば超音波、なわけですが、ヤマコウモリの発する超音波の周波数は20kHz〜30kHzが最も強く、その前後の周波数の超音波も出すので、普通の人の耳に聞こえる限界と言われる16kHzよりも高いものの、コウモリの中では低い方であるために、人によっては飛んでいるときに出す超音波〜クルージングパルス〜が聞こえることもある」そうだ。

 超音波を利用して見えない物を見る技術は、水中でのソナーなどで発展したが、身近になっているものとしては超音波診断だろう。「乳腺超音波検査」には、とても鮮明な腫瘤写真が掲載されている。「超音波診断装置の発達のもっとも大きな恩恵をうけたのは乳腺疾患の診断かもしれません。今日では機械性能の発達により簡便に触知される乳房のしこりの内部構造を診察室ですぐに確認する事が出来ます。写真には典型的な乳癌のしこりを示しますが、内部の微細な石灰化の存在が確認できます。又、腫瘤の周囲と正常乳腺組織との境界が不明瞭で、周囲に浸潤性に増殖する、すなわち悪性である可能性が高いと判断されました」

 こんなにきめ細かい映像が得られるようになったのは超音波の周波数をどんどん高め、アナログ情報をデジタル化して、解析にコンピュータ技術を活用したためだ。「高周波イメージング」あたりにあるものが、現在の先端的な映像である。「最高解像度超音波の6-13MHzプローブLA39では、CTシステムやMRシステムに匹敵する200ミクロン以下のポイント分解能を実現します」という。さすがにコウモリとは周波数が1,000倍違う。放射線装置や大規模な磁気共鳴装置を使わないで、こんな微細な表現ができるのなら、患者に負担になる血管造影など要らなくなるのではとすら思う。

 「超音波未来」にグラフィカルな解説がある。「心臓壁の収縮速度など、断層像の速度情報をカラーコードで表示する全く新しい超音波検査モード」では「壁の部位ごとの動きの良否を秒間約30フレームのリアルタイム画像で観察できるため、心筋梗塞で動かない部位の識別や、心臓壁各領域の運動評価、刺激伝導異常による早期収縮開始部位の同定などを容易に行なえます」といったレベルの診断が、もう可能になっているのだ。

◆動かす、そしてパワーの利用

 超音波モーターはカメラのオートフォーカス駆動装置に組み込まれ、家庭に入り込んでいる。このモーターだけ取り出して見られた方は少ないと思うが、見た目にはなぜ動くのかさっぱり分からない。別タイプも含めて、固定された部分に、可動部分が乗っかっているだけといったシンプルな構造だからだ。このモーターに熱心なキヤノンによる「超音波モーターとは?」に要領のいい概説がある。原理説明を引用したかったが、やはり分かりにくい。固定部に超音波振動を与えると、細かな波が表面に立ち上がり、可動部をよいしょと持ち上げる。微妙に違う2つの超音波振動を与える工夫をすると、立ち上がった波をそのまま下ろすのではなく、一定方向にずらすことが可能になり、持ち上がった可動部はわずかに動いて止まる。毎秒何万、何十万回も繰り返せば、立派に動いて見える。非常に小型なのに「低速・高トルクなため、ギア減速機構を使わずにダイレクトドライブが可能」という面白い性質がありながら、使われる範囲はまだ狭く、このページの歴史紹介にある通り、国内で特異な発達を遂げた。

 東京農工大学の遠山茂樹教授らが開発した「球面超音波モーター」は、「人工義手:スマートアーム」として新しい応用面を開いた。「きわめて軽量かつ運動性能に優れた人工義手を開発中です。世界で初めて開発しJARA日本ロボット学会賞を受賞した球面超音波モーターを肩や肘、手首等の関節に用いて、人の腕のように意のままに動き、働く義手の実用化を目指しています」。人の手首の器用な動きは、従来のモーターならば運動方向別に何個も取り付けないと実現できないが、球形超音波モーターは1つだけでこなせる。同じ機能の生体より軽くできるかもしれないなど、従来型の機構に大きな差をつけている。

 手首といえば、左官さんの手首は微妙な動きをしてコンクリート面を平らに仕上げる。コテに17キロくらいの力を掛け、単になぞっているわけではない。超音波コテは、職人の熟練技をテクノロジーで補う目的で生まれた。「鹿児島超音波総合研究所」が開発拠点のひとつになっている左官ロボットは、半流動状態の塗りかけ床面を、バルンタイヤをはかせて自由に動き回る仕組みをもち、超音波コテで1時間に300平方メートルを仕上げてしまう。

 超音波をパワーとして使う立場では、「治療用機器」にある「高エネルギー焦点式超音波前立腺治療システム」あたりが代表格だろう。「小型トランスデューサを内蔵した経直腸プローブから高エネルギー超音波を照射。狭い焦点に超音波を集束させることで一瞬で80〜100℃に温度を上げ、治療部位の組織を凝固壊死させます」。東芝はこの技術をさらに進めて、体表面から内部のがん細胞に焦点を絞って、断続的に強力な超音波を照射、途中にある正常な部分には影響を与えずに、がんだけ死滅させる実験に成功、実用化に動いている。

 「ギャラリー/『切る』」には、超音波で切る解説がある。「周波数が高くなると(16〜30kHz)、音は驚くような力を持つのです。銅やアルミニウムはもちろん、水晶やダイヤモンドも加工可能」「『超音波』自身も、物質を切断除去するだけの力を持っていますが、実際に製造現場で用いられているのは、ダイヤモンドカッターなどの工具を超音波周波数で振動させ、加工面に砥石の粒と水(または油)を流し込みながら工具と同じ形の穴をあける方法です」「この方法ですと、工具に軟鋼などの柔らかい材料を使って、チタンやフェライトなどの難い材料を加工できるのです。その理由についてはまだ定説がないとのこと。不思議です」

◆不思議な使い方を集める

 「北雪 超音波熟成『超熟酒』」は「昔から『波に揺られた酒はうまい!』『波に揺られている水は真夏でも腐らない』という漁師の言い伝えがあります。事実、弊社で『たらい船』に乗せて実験してみたところ、味・香りとも数段引き立つ事が確認できました。しかし、大量のお酒を船に載せて長期間保存することは、温度湿度の管理など非常に難しい問題が生じます」「そこで考案されたのが、『超音波』を用いたお酒の熟成法です。この方法は、酒造りの最終段階で超音波の振動を与えるという世界初の技術です。従来の酒造りでは不可能だった、『新酒の鮮度と古酒の熟度の両立』が可能」になったと述べる。「超音波熟成でアルコール影響が大きく減少」のグラフを見ていると、確かに何かがあると思わざるを得ない。

 お酒の改質は「超音波処理水による産卵効率の向上」でも触れられている。「超音波により水そのものも改質が行なわれているものと思われます。そこで超音波を照射した水(超音波照射水)を産卵鶏に与え効果を確認したところ、産卵日量が増え、産卵率が向上し、飼料要求率(飼料消費量/産卵日量)が下がり鶏卵生産における効率化が確認されました。また卵質ではハウユニット(卵を割ったときの黄身の盛り上がり)の向上がみられました」。一方、「鶏の産卵機能に及ぼす超音波の効果」は、鶏に直接、超音波を聴かせる。こちらも、産卵率や卵の質の点ともに25kHzの超音波を聴かせた鶏の成績が10%くらい向上している。

 超音波を使って、植物と対話しようという研究者もいる。「AEを用いて植物とコミュニケーション」は「植物が蒸散によって維管束での水の輸送に伴って超音波が発生すること報告されている。特に、水ストレス(水分欠乏状態)ではキャビテイションと呼ばれる発泡現象が生じ、より大きな超音波を発生する。ここでは、アコースティック・エミッション(AE)を利用して、この超音波を捉え、植物の健康状態を調べる聴診器の技術開発の研究を紹介する」と言う。アコースティック・エミッションは材料内部の微細な破壊から発生する超音波で、本格的に壊れてしまう前に前兆をつかめるために、構造物の保守点検などに応用が広がっている技術手法である。「酸性土壌のスギ苗木のAE」では「対照区ではAEの発生は8時前後の日照開始時に集中しており、午後には発生は見られなかった。これは、日照開始時では、蒸散による水分の放出と根からの吸水のバランスが悪いためである。一方、酸性区では、AEの発生時期にばらつきがあり、日照開始時のAEの集中度は低く、午後の発生も認められた。酸性土壌の場合は根の吸水活性が悪く、一日中水ストレスの状態にある」と観察されている。

 超音波美顔器もブームらしい。超音波は前述の医療機器をみるまでもなく、体内に入っていき、ある種の活性化を起こす。きちんとした理論はまだ無いのだが、「超音波エステ」は「皮下組織では、脂肪と体内の老廃物、体液がセルライトと呼ばれるゼリー状の固まりになってついています。超音波は、このセルライトをもみほぐしてダイエットではなかなかやせなかった部分の、無理のないシェイプUPを助けます」と図解している。

 超音波の不思議な使い方に、実験精神をお持ちなら、「超音波熟成器『マチュレックス』」で、お酒の熟成を試みるのもいいかもしれない。「アルコール類に低出力の超音波エネルギーを与え、短時間で自然熟成と同じ効果=うまみをもたらす世界で初めての酒類用熟成器。わずか2時間でアルコールの刺激臭が抑えられ、よりまろやかな口あたりのよい味に変化」を起こすという。

 暮らしの中に入り込んでいる技術の中で、超音波はちょっと気になる、チャーミングな存在である。