第61回「パソコンとテレビの明日は」

 機械と人間の接点に関心を持てば、いま最もホットな話題を提供してくれているのはパソコンとテレビの間であることに気付く。家電としてのパソコンの使い勝手は、まだ悲惨なほど悪く、テレビの前なら寝ころんで、いくらでも怠惰な時間を過ごせる。両者はあまりにもかけ離れていて、将来もパソコンとテレビの軌跡は容易に重ならないと説く人もいる。しかし、それほど明確に分け続けられるだろうか。欧米でデジタルテレビ放送が開始され、その波はすぐ、この国にもやって来る。一方で平面型テレビの売れ行きが好調だった。この二つが意味するのは、テレビがパソコンのディスプレイになれる立場に限りなく近づいたことだ。逆に、DVD−ROMを装備して高画質・高音質の映画ソフトが楽しめるパソコンが次々と発売された。近未来の家庭では、垣根は取り払われる可能性がある。

◆使い勝手に高いハードル

 科学部員だったころ家電メーカーの技術者と、一般の消費者が家電製品を使って、ある目的を達成するために、どのくらい複雑なボタン操作に耐えられるものか議論したことがある。結論は出ていないが、私は片手、5回程度だと思っている。VTRの番組予約はこれを超えているから、マスター出来ない人が多数残っている。パソコンの使い勝手問題は、こんな水準の議論をするレベルにない。卑近な話、先日、デスクトップパソコンの音源ボードが壊れてしまい、修理に出すより手早くと日本橋で程度の良い中古のボードを見つけて差し替えた。一件落着のはずが、子供が「シムシティ2000が動かない」と言ってきた。国産大手のパソコンを買った同僚にも、この有名な都市シミュレーションゲームが走らない人がいる。家電の使い勝手水準から見れば、パソコンなんて論外である。

 日経メカニカルの「米国の低価格パソコン投入は新規ユーザの獲得に結び付いていない」にあった、米国でのパソコンなどの世帯普及率の表を見ていただこう。

  《米国の家庭用パソコンと関連製品の世帯普及率(出典:米Odyssey社)》     (オンライン活用とはインターネット、WWW、商用パソコン通信を指す)  米国の家庭でも、パソコンの普及率は4割を超えたところ。1000ドル以下の低価格パソコンを投入しても、爆発的に売れるものではなくなっている。

 「後藤貴子のデータで読む米国パソコン事情 第6回『米国で広がるデジタル格差』ほか」 は、米国政府の調査として「白人世帯のPC保有率は41%なのに対し黒人世帯・ヒスパニック世帯は各19%と約半分」「非ヒスパニック(アジア系、エスキモー、ネイティブアメリカンなど)ではPC保有率はどの収入層でも他の人種より高い。全体で47%、収入75,000ドル以上の層で81%」と紹介している。アジア系米国人の教育熱心に加えて、こんな「いじいじ」した、手間の掛かる機械に付き合うには、アジア系の勤勉さが必要だからではないかと、読んで、思った。

 国内のパソコンなどの普及率は、経済企画庁の公表資料にある。表計算形式のデータ「消費動向調査の耐久消費財普及率」からピックアップしたのが次の表だ。

    《経済企画庁・消費動向調査による普及率(%)》  テレビ全体の普及率は1980年代から99%を記録している。最近の大型テレビの上昇と、ワープロが4割に達して頭打ちになっているところが面白い。めったにハングアップしない点では、ワープロはパソコンよりはるかに真っ当な家電になっている。それでも、何か仕事をする上で操作が面倒である点は、パソコンから飛躍的に改善されているとは言えない。こうした機械の家庭普及率は5割に届くのが難しいのかもしれない。

◆パソコンなしでインターネット

 パソコンを何ために使うか。ワープロ、インターネットを含む通信、表計算その他のアプリケーション、そしてゲームに大別されよう。

 セガが11月末に発売、15万台を即日完売したした新ゲーム機「ドリームキャスト」は3万円を切る価格で、そのうちゲームとインターネットの機能を兼ね備える。「Microsoft(R)Windows(R)CEベースのOS採用、ネットワーク機能の標準装備など、これまでの家庭用TVゲーム機とは全くステージの異なる、21世紀型エンターテイメントマシンです」とある。発売時点ではインターネット上の音声は楽しめないし、JAVAにも対応していない。しかし、専用のMSインターネットエクスプローラが開発される来年春には、その不便も解消されるはずだ。

 雑誌のレポートでは、箱を開いて20分でインターネットに接続したという。何の知識もなしにインターネットに接続するまでの時間がどれほどのものか。出来る人には理解しにくいかも知れないが、ギブアップし諦めてしまう人までいるのだ。ゲーム機そのものとしては、ソフトが弱いと指摘されているが、任天堂の携帯型機ゲームボーイが一人立ちするのに、ヒット作「テトリス」ひとつで足りたゲーム業界だ。ネットワークで対戦する空間を最初から持つのだから、何とかするだろう。

 97年末からは家庭のテレビでインターネットを楽しむ「WebTV」がスタートしている。こちらにはソニーに加えて、松下電器もハードを供給し始めた。やはり接続は容易だという。専用サーバーでテレビで見やすいように画面を加工して流すのがポイントなのだろう。ドリームキャストの方は640×480ドットの解像度と割り切っている。ブラウザで見て回るだけなら、これで足りる。それだけならば別売キーボードも敢えて要らない。どちらも、もちろん電子メールは使える。

 「最近の調査結果 流行に敏感な次世代シルバー」で報告されている、シルバー一歩前の世代。「生活の中で人との交流を重視しており、それを可能にするコミュニケーションツールの購買意向が高い。同時に、時代に乗り遅れたくないという思いも強い」人たちには、パソコンで無為な時間を使って挫折するよりは好ましい。向いている気がする。

 インターネットをパソコンなしで利用するシステムは、他に、いくつか登場している。その中で、前述の二つの動きに注目したのは、マイクロソフト社がどちらにも深く関係しているからでもある。マイクロソフトはさらに、この年7月、松下電器と「デジタルAVとパソコン技術の融合に向けて、長期にわたって協力することに合意」した。合意の第一に挙げられているのが、デジタルテレビの「各種サービスに対応できる関連機能を備えた次世代AVパソコン用技術の共同開発」である。

 デジタルテレビのもつ意味は、米国シャープのページをもとに構成されている「全米デジタルテレビ事情 デジタルテレビって何?」が良い情報源になっている。例えば「DTVテクノロジー」を見ていただいたら、デジタルテレビで送られる情報量の多さ、いろいろなものを潜り込ませられる枠組みが理解されよう。単純にテレビ放送がデジタル化されるだけではない。このポテンシャルの高さが、パソコンやテレビの垣根を切り崩すきっかけになりそうなのだ。

◆ホームサーバー時代に新聞の宅配は

 「今後の家庭でのマルチメディア」というページに、「現在の家電製品の位置づけと合わせ、近い将来の家電製品イメージをご紹介します 大型画面を従来のテレビと見るかパソコン画面と見るか!?」と長いタイトルの下に、わかりやすいイメージ図が掲示されている。上段に構えているのは大型かつ薄型のプラズマディスプレイ、テレビやパソコンは下の方につながっていて、全体は中央の機器「ホームサーバー」のところで結び合わされる。放送や通信網からのデータもここにまず入る。その横には「家庭内で残しておきたいあらゆる情報を最高の状態で保存するための新しい記録メディア」マルチメディアビデオファイルが付いている。パソコンもテレビも独立した存在ではなくなっている。

 「ホームサーバー〜好みの番組や最新の情報をいつでも取り出せる家庭用受信器〜」がその技術動向を概観している。「2000年に打ち上げが予定されている放送衛星BS-4後発機」「による衛星放送のデジタル化に向けて」「高画質・多チャンネル・インタラクティブな高度映像情報サービスをだれもが利用できるようにする必要がある」「デジタル放送の多様な情報サービスの中から」視聴者の好みで「ニュース,天気予報,ドラマ,ドキュメンタリー,文字など」「いつでも取り出せるようにする記憶・記録装置(ホームサーバーとも呼ぶ)が必要となる」。

 考えられているのは何種類もの装置を組み合わせた階層的記憶システムで、「放送局から送られてくる番組情報に基づてい,自動的にニュース,天気予報など,定期的に更新されデータ量の比較的小さい情報や番組は,アクセスの速いハードディスクに,ドラマやドキュメンタリー番組などの長時間番組は番組冒頭の部分のみハードディスクに保存し,番組全体は記憶容量の大きい光ディスクやテープに保存するため,視聴者からはあたかもアクセスが速く,大容量で,低コストの記憶・記録装置があるかのように見える」。

 パソコンは手元50センチのところで使う機械、テレビは2メートル向こうでゆったり見るものだから、所詮は違う機械だとする意見がある。この意見には、テレビが2メートル向こうにある根拠が何だったかが忘れられている。テレビは画面が粗く、つまり走査線が目立つために遠くに離れて見ていたのだ。平面型テレビの新型は走査線を補ってパソコンディスプレイに近い画質を獲得しつつある。HDTVに至っては遠くに離して見るのがもったいない美しさだ。ショウルームでは近くで堪能して見ているではないか。

 ホームサーバーのシステムが本格的に離陸するとき、見たいものを課金して届けてもらうシステムになっている可能性が高い。そのとき、新聞や雑誌も同じ手段で届けられる時代になるのではあるまいか。50インチのプラズマディスプレイで新聞を広げて読んでもいいし、ソファーに座って手元にある薄型10インチの携帯ツールでコラムを読んでもいい。直接結びつけるのはどうかとも思うが、最近、LAN接続の機能を最初から持つパソコンがノート型を含めて増えている。パソコンは孤立した機械で、ひとつで何でもする万能機だったが、インターフェースの悪さが災いして実はさほどのことをこなしていない。「アラン・ケイの『コンピュータはメディアである』」という理想には遠い。現在の形のパソコンを持ち続けたい人も残ろうが、使いやすい形でローコストの分身から必要なデータが手繰れるようになるなら、それで十分である。


 ※追記(99/3/7)
 ドリームキャストどころではない、驚くべき性能の映像マシンが年内に家庭に入ることになりました。プレイステーション2です。DVDを使って実写映像の中に、映画のCGクラスの合成画像をリアルタイムで、はめこめるとのこと。この稿には新たな修正が必要になるでしょうが、取りあえず「後藤弘茂のWeekly海外ニュース 圧倒的なデモに静まり返った次世代プレイステーション発表会」を参照資料に挙げておきます。