第76回「臨界事故と揺らぐ原子力技術」

 東海村の核燃料工場で起きた臨界事故は、チェルノブイリ、TMIに次ぐ史上ワースト3の原子力事故と評価が定まった。臨界の意味さえ知らない作業者が高濃縮ウランを扱っていたこと、作業手順が科学技術庁から認可されたものでなく、会社ぐるみで裏マニュアルを作り延々と作業を続けてきたことなど、驚くべき実態が明らかになった。この間、メディアによる識者のコメントを大量に読んだが、大半の「識者」もマスメディアも相当な勘違いをしているとしか思えない。ハイテク世界にある「ローテク」部分論、技術立国に危機が来ているなど、現場を見ないで頭の中で妄想した議論である。もんじゅのナトリウム火災、使用済み核燃料再処理工場での火災・爆発事故、原電敦賀2号機での大口径管破断事故、MOX燃料ペレットの形状計測手抜き、そして、今回の臨界事故。いずれも電力9社を取り巻く外周部ばかりで「予期せぬ」技術的不祥事が起き続けている意味を、原子力を多方面から見続けてきた私には簡単に見抜ける。

◆TQCの波に洗われずには現代に通用しない

 官房長官は渦中の記者会見で「このようなことがあろうとも原子力発電の体制は揺るがない」と述べた。「取りあえず」との条件付きで私も同意しておこう。がたがたになっている部分と、原子力発電の基幹部分との差は、全社的品質管理(TQC)運動の波に洗われたか、洗われなかったかにある。今回、事故を起こした核燃料会社JCOに対し、臨界について全く考慮しないで安易な認可を与え、かつ7年間も立入検査をしなかった科学技術庁も、その「洗われなかった」側に位置している。第68回「日本の自動車産業が開いた禁断」で描いたように、QCさえしていれば一流である時は過ぎたが、QCもくぐらないで現代に通用しようとするのは甘い。

 この国の原発は今でこそ安定した運転状況にあるが、70年代から80年代前半はトラブル続発で、決して安定ではなかった。「原子力発電所の運転状況」を見ていただければ分かってもらえよう。

 定期検査や事故などで休止している期間を除いて、発電設備がどれくらい稼働しているのかみる「設備利用率」は現在では8割を超すが、80年には60.3%にすぎなかった。トラブル報告件数も1基当たり年に3件もあり、0.5件くらいしかない現在とは大きく違う。

 原発は米国でつくり出された。国内に導入された初期の原発は、物理学者による実験設備を拡大したような存在だった。必要な物理的な性能を得るためにパイプをつぎはぎし、場所によっては素人目には分からない技術的理由によって、ひょいと曲げてある。初期原発の典型、美浜1号機とかの内部に入ってみると、かぶっているヘルメットをどこかにぶつけないでは前に進めない有り様だ。技術的に洗練されていないシステムだから、トラブルは続発する。

 新しい機械を入れたとき、安定運転に至るまでトラブルが起きがちだ。これを技術屋は「初期故障」と呼ぶ。原発もそんなものではなかったのか。違う。初期の原発は未熟なシステムだった。これは原子力安全委員長をしている佐藤氏とかつてインタビューした際にも、同じ意見であることを確認している。

 未熟な原発を導入させられた電力会社は、発電コストを下げるためにトラブルによる運転停止を抑える努力を始めた。まず使い回しの工夫をし、やがてハードウエア自体も何とかならないかと考えた。

 そのとき目が向いたのがドイツの原発である。誇り高いドイツ機械工業は、米国流「実験設備型」の導入を好まず、徹底的に分解してドイツ型に再構成していた。実際に訪問してみて、原発内部の見通しの良さには驚嘆した。設備の維持保守のためにも、見通しの良さがどれほど貢献することか。国内の原発もハードウエアから変えて行くべき見本がそこにあった。

 この一連の動きの先頭に立っていたのが、加圧水型炉で蒸気発生器というトラブルメーカーを抱えた関西電力である。役員トップが先頭に立って、TQCの運動として、本体のハードウエア改造、設計思想の改革から、蒸気発生器のトラブルを減らす冷却水管理、定期検査時の被曝を減らすためのノウハウといった細かい工夫まで押し進めた。沸騰水型炉しか持たず、当初は冷ややかだった東京電力も、関電側が成果を挙げ出すと無関心ではいられなくなった。放射性廃棄物の削減など目に見える利益があった。やがて電力会社はどこもTQCに取り組む。

 「デミング賞・日本品質管理賞受賞者(社)一覧」で見られるとおり、関西電力は84年にデミング賞の実施賞を受けている。この時期、関電本社に置かれているエネルギーの記者クラブに長くいた私は、役員たちがどう考え、どう動いたのかよく知っている。もう一度「原子力発電所の運転状況」を見てもらおう。設備利用率やトラブル発生状況のグラフで、84年がどのような年だったか、確認して欲しい。この前後が明らかなターニングポイントだった。

◆最先端の技術レベルが最高とは限らない

 もんじゅ火災や東海再処理工場の爆発を起こした「旧動燃」現在の核燃料サイクル開発機構は、こうした電力各社の動きからは遠かった。いや、何度か取材してみて、核燃料サイクルを掲げる自分たちこそ、この国の原子力技術の最先端を走っている、との意識が丸見えだった。この夏、大口径の冷却水管破断を起こした日本原子力発電も、電力会社である以前に、最初の原発である東海1号機を動かしたエンジニアリング会社の色彩が濃い。次々と新しい炉型の原発を造り、こちらも電力9社よりは先を走っていると思っているようだ。

 動燃の増殖炉もんじゅの設計思想について、第24回「高速増殖炉の旗は降ろすべくして」で厳しく指摘しておいた。運転されている軽水炉では曲がりなりにも出来ている安全解析や事故の進展予測が、増殖炉には存在しない。事故時に事象がどのように進展するのか示されない原発を、現在の電力会社は決して受け取らない。

 「動力炉・核燃料開発事業団高速増殖原型炉もんじゅ安全性総点検結果について」は、次にナトリウム火災が起きた場合に備えて実に様々な「改善策」を施したあげく、「E.改善策の総合的な検討」で「窒素注入による消火の効果を期待しない場合の床ライナ温度を用い、かつ、腐食試験で得られた95%信頼上限値の腐食速度を用いて評価を行っても、床ライナの腐食量は3mm以下に止まリ健全性が維持できることを確認した」とする。

 コンクリートとナトリウムの接触を防ぐ鋼板製の床ライナは厚さ6ミリだから、床に落ちたナトリウムによる腐食は半分で止まると言いたいらしい。しかし、この検討は統計的にまずまず大丈夫とするもので、絶対の安全を保証してはいない。私の目には、バクチに見える。電力会社にこの増殖炉を運転してくれと頼んだら、「出来れば勘弁してくれないか」と言うはずである。

 原子力発電のシステムを安全・安定に運転していく上で、現実には電力会社の方が数段優っているのだ。お役所には頭を下げていなければならない立場上、口が裂けても言えないことだが、科学技術庁も資源エネルギー庁も全「国家」的品質管理を目指すなら、電力会社の方に研修に来て欲しいと思っているのではないか。

 臨界事故から1週間後の10月8日、余っているプルトニウムを軽水炉で燃やす「プルサーマル」の実施場所、新潟・柏崎市長は市議会で「東電に実施延期を申し入れる」と表明した。高浜で同じく実施の関電にも慎重論がある。もんじゅ火災あたりから一般の風向きが変わりつつあったが、臨界事故はこれを決定的にしたかもしれない。原子力資料情報室「東海ウラン再転換施設での臨界事故について」に、いろいろな動向が集められている。

◆前途多難・至難の首相提唱「原子力防災法」

 小渕首相は、臨時国会に原子力防災特別措置法案の提出を指示した。自自公連立政権を発足させてご機嫌な首相は、何でも出来ると思い込んでいるらしい。しかし、大小全ての原子力施設ごとに、住民の避難まで含めた緊急時の対応を国が自治体と協力して定めるというのは、指示する方は簡単だが、実際に作る方は大変だ。いや、不可能と言うべきだろう。事前に専門家に相談したら言い出せなかっただろう。

 まず、最大限でどんな事故が起きるのか決めなければならない。これなしには、避難の規模が決められない。どれくらいの範囲の何万、何百万人をどこへどうやって避難させるのか、の実務的検討はそれからだ。

 軽水炉ならば炉心の溶融までも考えるのか、もんじゅならナトリウム火災でコンクリートと反応するところまで届いてしまうとするのか。現在の国の立場は、そんなことはないとする。では、これまでに考えられている事故事象の進展、イベント・ツリーの範囲内にあると断定するならば、安全だから避難など考えられないことになる。国の安全審査で、そうだからこそOKが出ている。安全だと言っているものを、どこまでぐらつかせるか、さじ加減は非常に難しい。

 情報公開の時代がやって来ているから、この問題をめぐる国と自治体の協議自体が、住民によってオープンにされざるを得ない。住民も勉強しているから、その批判に耐えられるようなレベルの検討をしようとしたら、施設ごとに膨大な作業が必要になろう。逆に、いい加減な物ならば集中砲火を浴びよう。

 原電の敦賀2号機事故は、大口径管が実際に破断する場面を見せてくれた。これまで、この種の事故想定は破断原因を提示しないで、いきなりギロチン破断したら、原子炉を安全に停止させられるかを検証するだけだった。再生熱交換器に、設計と施工のミスによって高サイクルの熱疲労が加わったとする10月7日の原因発表は、原発の安全解析思想が一般市民に受け入れられるかを考える上で重大な意味を持つと思う。敦賀2号機のように未知の傷があちこちに潜む可能性が捨てられなくなった。

 原発の事故解析は単一のトラブルが発生して、無事に収拾させることになっている。収拾過程でまた別のトラブルが発生したりするとは考えていない。だから異常がある1系列を遮断して、二重か三重になっている別の系列で原子炉の崩壊熱を除去して無事に停止することになる。これはシナリオとして理解できるとしても、敦賀2号機のように定期検査で見つけられていない多数の大きな亀裂を持つ機器が別にある状況下で、事故の収拾が行われるのだと説明したら、一般の人達は生理的に拒絶するだろう。「その収拾過程で亀裂が破断するとは限りません」「可能性は薄いですよ」と言われて納得できまい。

 そして、電力会社のTQCでも解決できない、難しい事故収拾例の存在が知られている。TMI事故のような小規模の冷却水喪失事故である。運転員が目では見えない炉内で起きている状況を、各種の指標から判断して収束を図る過程で、結果的に誤ってしまうケースが想定される。単一のトラブルが、別のトラブルを呼ぶ場合である。これに備えて電力会社ではシミュレーターによる模擬訓練を運転員に繰り返しているが、公平にみて万全と言い切れるはずもない。




 ★読者からの示唆するところが大きい情報提供★・・・10/15

 □動燃にかつて勤務し、現在は電力会社との仕事も手がけて□
 □いらっしゃる読者から、今回のコラムに関連した興味深い□
 □情報をいただきました。こういう側面もあると紹介します□

 電力がどのようなTQCを実施してきたか私はあまり知らないのですが、現在の仕事を通じて、確かに電力の品質レベルは高いと感じます。これに対し、科技庁管轄組織はレベルが低く、かなりのギャップが生じています。私は設置変更許可申請のため科技庁へ説明にいったことがあるのですが、審査官の理解力はかなり低く、その人が上司に提出するための資料を一緒に作っているという印象でした。人員が少ない割に多くの案件を抱えているので無理からぬ面もあると思いますが、恐いなとも思いました。

 また、許認可に携わる人と実際に作業を行う人は一般に異なります。許認可終了後、担当者間のコミュニケーションが悪いと許認可内容を知らずに作業を行うことになります。

 話は少し変わりますが、原子力の抱えるもう一つの問題について、指摘しておきたいと思います。それは、原子力が迷惑施設であるが故に、人員採用にバイアスがかかるという点です。

 私も動燃に入社して驚いたのですが、事務などの一般的作業に当たる人は、人事を含めてほとんどが地域のコネ入社でした。これは地域の実力者と原子力施設設置者とのもたれ合いによるものですが、動燃の場合は度を過ぎている気がします。結果として、研究開発の運営管理や電力との折衝など、管理部等にその能力はなく、技術者あがりの管理職がその任に当たることになります。こういう人はもと技術者ということもあり、一般的に折衝は苦手です。従って、若い技術者は実用化の道筋も見えぬまま、無駄な研究開発を実施しがちになります。また、管理部等から十分なサポートが得られないため、技術者でありながらかなりの事務作業を強いられます。

 技術者の採用時に、管理運営をやる人もいるとはっきりさせておけばいいのでしょうが、むしろ、予算は一人あたりならせば1億円、存分に研究開発ができます、と甘いことを言っていました。この点は電力会社はきちんとしており、技術者を採用する時にはっきりと管理運営要員として雇うことを前提とするようです。研究開発をやりたい人は、一部を除いてこなくていい、と言うわけです。

 管理部等はコネ入社、技術者は研究開発指向というわけで、結局、動燃に管理運営のプロはどこにもいませんでした。その結果があの、管理能力のなさだと思います。

 あまり知られていませんが、六ヶ所の再処理工場計画時、動燃も設計図を作って提案しました。この提案は結局フランスに負けました。また、ATR商用炉の設計もやりましたが、結局はABWRに負けました。このような無駄はある意味で全て、上記の人事制度の欠陥から来るものだと私は思っています。




 《補遺・・・原子力問題についての重要サイト紹介》

 原発問題についてならば、東京の原子力資料情報室が有名である。これに対して西の拠点、というよりも、この国で市民の側から原子力問題と取り組むときに力を貸してくれる、最大のシンクタンクと呼ぶべき存在が「原子力安全研究グループ」だ。

 大阪・熊取にある京大原子炉実験所のグループ。今回の臨界事故についてのメディア上の大量のコメントを比べても、そのひとり小林さんの「臨界になるほど大きな溶解槽がある施設に、高濃縮ウラン燃料の認可を出すことが間違っている」が断然光っていた。

 このグループは、原発で事故が起きた際に東京の人達がややもすると思想の方に傾くのに対し、実証的な仕事をすることに特徴がある。私個人も、チェルノブイリ事故の際に、旅行者がソ連から持ち帰った砂の放射能汚染を測定してもらったり、かつて取材したスウェーデン、ドイツの研究者に手紙を書きまくり、生の汚染データを送ってもらい、協力して高濃度の放射性雲が通過した北欧の状況を分析したりした。放出放射能の推定につなげたのだが、大阪にいなければ、こんなことは出来なかったと思っている。

 掲示されている内容は学問的なものが多く、それなりに知識がないと読みこなせないが、実証性第一の重要サイトである。原子力防災法が動き出して、いろいろな問題が噴出してくれば、現在進んでいる各種の裁判と同様、このグループが主柱になろう。